いずれは画家となるシュザンヌ・ヴァラドンは父を知らない貧乏人。
反抗的で向こう見ずで嘘つき。
そして自分が、男たちが邪な想いを抱えて言い寄ってくる容貌であることを知っている少女です。
父はゆきずりの男!、母は浅はかな女?
マドレーヌ・ヴァラドンは浅慮な女なのでしょうか?。
夫は詐欺罪で投獄され、身を隠して人生をやり直すつもりで移り住んだ村、オート・ヴィエンヌ県ベッシーヌ・シュル・ガルダンプで季節労働者と関係を持ってしまった様です。
余程情熱的に口説かれてしまったのか服を脱いだ彼女は女児を身篭ってしまうのです。
1865年9月23日 後にシュザンヌと名乗る、マリ・クレマンティーヌ・ヴァラドン、誕生
行きずり男の子供を産んだ話はたちどころに村中に広がり、居ずらくなったマドレーヌはお世話になってるおかみさんが止めるのも聞かずパリへ向かうのです。
母子はモンマルトルに移るのですが、折悪く普仏戦争により、パリはプロイセンに包囲され、まもなくパリ・コミューンが起きます。
窮状を生き抜けそうもない絶望感の中でマドレーヌは、お金持ちの家で仕事にありつけた様です。
洗濯女の仕事を得たマドレーヌは娘マリを修道院の学校に通わせるものの、反抗的で嘘つきでやんちゃすぎる為退学させられてしまいます。
自尊心が人一倍強く、命令されるのが大嫌いなマリは様々な仕事を転々とすることになり、ロシュシュアール大通りで毎晩興行されるフェルナンド・サーカスでアクロバットの見習いをすると決めました。この時15歳です。
芸術家や社交界の人々が曲芸を習いに来るプライベートクラブ(あるんですね、そういうの)に美貌ゆえに招待されたマリは、ここでブランコの練習を始めるのでした。
訓練師たちも、この子はいずれは空中ブランコ乗りになるだろうと考えるくらいの身体能力の高いマリなのですが、跳ねっ返りで向こう見ずな彼女はやらかしてしまいます。
講師の目を盗み、未熟者には危険な試みが失敗してブランコから墜落!!。
二度とアクロバットをしない様医者から忠告される身体になってしまった様です。
”芸術のサークル”へ
”墜落事故”後、詩人気取りのろくでなしと付き合いだしたマリは、モンマルトルの歓楽街のキャバレー「シャ・ノワール」に出入りする様になり、スペイン貴族の文学者ミゲル・ユトリロの愛撫も受け入れていた様です。
間も無く妊娠する16歳・・・。
子供はどうやら、ろくでなしの方の種らしいと言われたそうですが、本当のところよく分からないとも。
数年後マリがお金持ちと結婚する折、ユトリロが認知することになるこの子供が、将来母と同じく画家になるモーリス・ユトリロです。
洗濯女の母マドレーヌの仕事をマリは時々手伝います。
妊娠が判明したこの頃、巨匠画家の元に仕上がった洗濯物を届けに行きます。
その巨匠画家は洗濯物を届けにきた少女の身体つきと横顔を気に入り、
「わしのためにポーズをしてくださらんか」
と言ったそうです。
<芸術と美神たちが崇める聖なる森>、後にロートレックが手間暇かけてパロディする作品の元になった大作。
その”世界”に描かれた女神たちを全てマリが”演じ”ます。
その巨匠画家とは ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ。
シャヴァンヌは間も無くマリをルノワールにも紹介します。
マリはおじいちゃん画家たちの裸のアイドル、モデル兼愛人となった様です。
様々な絵描きたちのモデルを務めるという事は、画家の創作の方法や考えに触れることでもあり、マリは次第に指示された通りにポーズをとるだけでは我慢できなくなり、自宅では自らも母にモデルを強要してデッサンにも勤しむ様になるのです。
モデルを強要されるマドレーヌはとても迷惑ですが、マリがモデルとして稼ぐことで母は辛い労働の日々から解放されるのです。
マリ、マリア、と呼ばれる様になるこの頃のシュザンヌは、こうしてデッサン力を上げてゆき数年後、ロートレックとバルトロメの紹介でドガにデッサンを見せたところ、その才能を絶賛され彼の教えに従うのですね。
エドゥアール・マネは自分が芸術家に成れたのは出生の偶然、芸術の輪-サークルの内側にいたから芸術家に成れたのだと言ったそうなのです。
盗んだチョークで街中の路上に落書きをしていた少女は画家たちのモデルを務めたことで、芸術の輪の中に身を置くことになっていく様です。
マネとシュザンヌが邂逅する事はなかったようですが。
1883年、そのエドゥアール・マネ が亡くなる年に息子モーリスが誕生します。
母親に甘えたい盛りの頃、マリは巨匠画家を始め多くの絵描きのモデルを務める人気者になっていたことに加え彼女の優先事項はデッサンをすること。
子育ては祖母マドレーヌがしていました。
おばあちゃんが嫌いなわけではないけど、母が恋しい気持ちを一生懸命に訴えるモーリス。
ママンのそばに居たくて居たくてたまらないのにママンはいつもパパではない男たちのもとに出掛けて行ってしまう。
この寂しさが後年、彼をアルコール中毒に陥らせて、生涯に渡り筋金入りのマザーコンプレックスしてしまうのですね。
ロートレック登場
界隈で近頃よく見かける奇妙な小男は誰?。
黒過ぎる髭を蓄えた好色に満ちた面相、幼い頃に立て続けに起きた事故によって、障害を負った身体で堂々と歓楽街モンマルトルを闊歩する。
金に抱かして取り巻きを引き連れどんちゃん騒ぎ、毎夜酒と女に戯れているこの男は何者?。
ヴェネツィア出身の画家ザンドメーネギによれば、かなりの資産持ちの名門貴族の出なのだとか。
その奇妙な小男こそ、ポスタービジュアルを芸術の域に引き揚げたと言われる画家アンリ・トゥールーズ・ロートレック。
貴族で財産と絵の才能を持ち合わせるこの男を自分のモノにできれば、
「先の心配なく生きていけるんじゃないか」
と聞かされればシュザンヌは関心を持たないわけにはいかない様です。
ザンドメーネギの紹介で出会ったロートレックとシュザンヌは互いに熱烈に惹かれ合い、シュザンヌはロートレックのモデル兼愛人に収まった様です。
ロートレックはどこへ行くにもシュザンヌを連れて行きます。
シュザンヌも二人は真実の愛で結ばれていると宣言します。
でも本当のところシュザンヌはこの酒飲みで性欲強めのシニカルな伯爵をどう思っていたのでしょう。
ロートレックの絵描きとしての才能には神の如く尊敬をしていた様ですが、これまでの男性遍歴から本気の恋に陥る様な印象を持てないのですが・・・。
一方でロートレックは本気で惚れていたと言われてます。
狂言「結婚してくれなきゃ死んでやる」
ある時ロートレックのアトリエで、ロートレックの取り巻きたちがその場に居たゴッホのことを酷く揶揄い始めたことに嫌な気分になったシュザンヌは暫くロートレックと距離を置きます。
間も無く顔を合わせることになった時、「なんで自分に会いに来てくれないの?」というロートレックに結婚を迫ります。
「結婚してくれなければ自殺する」
と言い放つシュザンヌの言葉にロートレックは激しく動揺します(何で?)。
「結婚してくれなきゃ死んじゃうよって言われた、どうしよう」と友人に話したところ友人は、「彼女はいつだって平気で嘘をつける女だよ」と笑うのです。
そう返されて再びシュザンヌの部屋へ戻ってみると、母親マドレーヌとシュザンヌの会話が聞こえて来ます。
「あの薄汚い小男は、”貴族”の看板をぶら下げたまま、私と結婚してくれりゃそれでいいのよ」
みたいなことを言ったそうです。
次の瞬間、場が凍りついたでしょうね、その場にその”貴族の看板ぶら下げた小男”が居るとは思ってもみなかったでしょうから。
全てはシュザンヌの狂言と知れます。
本気で恋をした女は金にたかってくる、取り巻きたちとなんら変わらない心根だった。
ロートレックにとってシュザンヌへの想いは、生涯でたった一度の恋情だったと言われている様で、女性に対して絶望します。
ただ並外れた性欲の持ち主の伯爵さまは、女性の存在をキッパリ断ち切る事はなかったと言われてます。
一方でシュザンヌは自身の恥知らずな発言を後悔したそうですが後の祭ですね。
まぁ間も無く次の裕福な男と出会って結婚します。
その旦那が購入した別宅に老いた母と息子を追いやり、経済的安定を手に入れ本格的にドガ の元に通い始めます。
彼女が常に求めたもの、それは自身が自由である事なのでしょうか、その為に揺るぎない安定を貪欲に追い求めたのでしょうか。
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