ドラマ「全領域異常解決室」の”ゼンケツ”本部と境内が接していて、「稲荷山神社」として登場している、
牛天神北野神社へ行って来ました
訪ねた日:2024年11月6日
写真:えふゆ 無断転載厳禁
記事末に広告あります。
所在地・最寄駅・経路
所在地
〒112-0003 東京都文京区春日1丁目5-2北野神社
最寄り駅
牛天神北野神社の最寄り駅は東京ドームシティ周辺の、
東京メトロ丸の内線・南北線の、後楽園駅から徒歩約10分
都営大江戸線・三田線の、春日駅から徒歩約10~12分
ちょっと距離がありますが、
JR水道橋駅からですと徒歩約18~19分のようです。
えふゆ は、赤羽ー池袋間をJR埼京線、池袋ー後楽園駅間を丸の内線で来ました。
後楽園駅 出口1から西へ(東京ドームシティに背を向ける方向)歩きます。
丸の内線・後楽園駅の出口2の歩道橋(ペデストリアンデッキと言った方がいいのかな)からの景色
牛天神北野神社へは、出口1へ出る方がいいですね、地上ですから。
東京ドームシティを背にして歩きます。
車道を挟んで向かい側の歩道と接しているのは、小石川後楽園の塀です。
小石川税務署と中央大学小石川キャンパスを通り過ぎると、牛天神下交差点ですね。
横断歩道を渡らないで歩道を右へ。
右に行って、最初の交差点を右へ行くと牛坂へと繋がる坂になります。
牛坂の手前に、少し変わった鳥居(かな?)と神社名が刻まれた石碑があります。
到着ですね。
ちなみに日暮里駅前
「全領域異常解決室」第1話で、「全決」へ出向を命じられた雨野小夢(演:広瀬アリス)が迎えを待っていた場所はJR日暮里駅の北改札側・西口でしたね。
そこから、芹田正彦(演:追田孝也)に連れられて散歩するみたいに「全決」本部に案内されてましたけど、実際に日暮里駅周辺に牛天神北野神社はないのです。
日暮里駅から牛天神北野神社まで徒歩で行くと、約53分~60分(googleマップによる)もかかる様ですね。
日暮里駅と接している谷中の、寺町の様な雰囲気の街に「全決」の本部がある設定なのですかねぇ、詳しい設定は知りませんけど・・・。
”雨野の芹田待ち”の場所は此方の記事で、ほんの少しだけですけど触れてます。当記事と合わせてご覧頂けると嬉しく思います。
(「全領域異常解決室」が放送される以前に特撮ロケ地として訪れた記事です)
photograph 牛天神北野神社
鳥居〜石段〜鳥居
「全決」(表記は「ゼンケツ」とどっちがいいのかな?)では「稲荷山神社」として登場している神社ですね。
きっと普段は掲げられてないでしょう告知幕がありますね。
訪れた日は「牛天神菊わらべまつり」というイベント期間中でした。
鳥居を潜り、
振り返ります。
菊の鉢も普段は無いのかも。
石段を登った処の鳥居
境内も菊
上からを見てます。
境内から鳥居の方を見てます。
鳥居脇に社務所です。
「全決」のポスターが貼られてますね。
老子曰く「知る者は言わず」ですって
菊が境内を明るくしてますね。
菊の展示会ですって。
華やかです。
御神木だそうです。
牛天神北野神社公式サイトによれば、
樹齢100年超えの木斛(もっこく)という樹だそうです。
こちらの樹にも、真剣にお願い事をすれば必ず叶うと伝われているそうです。
拝殿
手前が手水舎ですね。
「お母さんは君と一緒に暮らすそうです・・・・良い親に巡り会えましたね」
「うん」 (第5話)
のシーンはこの辺りでしたか。
此方を訪ねた日の夜、第5話が放送されました。
手水舎の前に戻ってきました。
龍ではなくて、花でしょうか。
鉢と花びらの造形物は御影石だそうです。
造形が、なんだかビオランテ(映画「ゴジラVSビオランテ」1998年)を連想してしまいました(罰当たりかな?)
狛犬の並びに由緒書がありますね。
御祭神は菅原道真公
牛天神北野神社は寿永3年(1184年)源頼朝が東国追討の折、この地の入江に舟を繋いで波が穏やかになるのを待つ間に寝入り、夢で牛に乗った菅原道真神が現れて、
きみに二つの幸運が訪れるから、その幸運が起こったならば社を造営してね
との御神託がもたらされたとか。
目を覚まし、ふと傍らを見れば岩石が一つあり、夢の中で道真公の乗っていた牛に似ていたのだとか。
さてその年に嫡男 頼家が生まれ、翌年(元歴2年・1185年)には壇ノ浦の戦いで平家を討ち滅ぼし源氏の世となります。
御神託に従い此処に道真公・神さまを勧進・御神領を寄進するなどを因って、後に創立を元歴元年(寿永3年と同じ1184年)と伝えられるそうです。
境内の御末社は、太田神社(芸能の神、福の神)・高木神社(五穀の神)です。
由緒などの詳しい事は、神社の公式サイトをご覧ください
拝殿向かって右側囲いの外から。
では、拝殿で手を合わせてきます。
”狛牛”が居ますね。
左の岩が、願い牛(撫で石)ですね。
穏やかな表情です、和みます。
尻尾の造形、動きを感じますね。
夢から覚めた頼朝の側にあった牛に似た岩とは此方ですね。
願い牛(撫で石)
菅原道真は生前、牛をとても可愛がっていたそうですね。
夢のお告げ通り幸運な事が二つ起こった頼朝は、この岩に太宰府天満宮より御魂を勧進していただいたそうです。
この伝えが牛天神の始まりとされるのだとか。
撫で摩りながら願い事を念じると叶うとされているそうです。
正しい念じ方は公式サイトを参照してみてはいかがでしょう。
ちなみに「撫で石」上にお賽銭が乗ってましたけど。
境内
拝殿の目の前ですけど、
拝殿に背を向けた目の前の風景です。
社務所で伺ったお話では、昔は拝殿の正面には、丘の上(台地)にある此方の神社境内へ続く石段があったそうです。
「全決」本編では写真奥にある石碑の手前に「稲荷山神社」の小さな祠がありましたけど、ドラマ内だけの祠で、実際には存在してませんね。
ドラマ内では「全決」本部へのエントランスになってましたね。
社務所で伺ったお話では、二階部分までは牛天神北野神社の施設で、三階より上のフロアがマンションの様で、お住まいの方々の為のエントランスは別の方角にあるそうです。
許可なく建物内には入館出来ないでしょうね。もとより入るつもりはありませんけど。
歌人 中島歌子の歌碑だそうです。
歌碑のそばの解説板です。
牛天神北野神社と歌人・中島歌子についての解説ですね。
神社についての解説は拝殿に設置されている由緒書とほぼ同じ内容ですね(違っていたら混乱するなぁ)
歌人・中島歌子(1844ー1903年)は神社近くの安藤坂の「萩の舎」(はぎのや)という歌塾の主。
門下には上流階級・中流層の婦人1000余人がおりまして、三宅花圃や樋口一葉も門下生でした。
歌碑については歌子没後に門下生によって、1909年(明治42年)に建てられました。
だそうです。
境内社
社務所前の鳥居です
境内社への鳥居ですね。
太田神社と高木神社
拝殿と境内社の囲いの外、社務所前に解説板が設置されてます。
大田神社は芸能の神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)と、道の神・猿田彦命(さるたひこのみこと)を祀ります。
関東大震災の頃までは、祭りの日には未明から深夜まで、多くの参拝者で賑々しく、
また、歌舞伎など、名のある役者が度々参拝に訪れていたそうです。
でもこの神社は元々は黒闇天女(弁財天の姉)という貧乏神を祀っていたそうです。
江戸の頃、神社近くに住む貧乏旗本の困窮を救ったことで一転、福の神として庶民から信仰される様になったという伝説があるそうです。
合祀される高木神社は道路拡張の為に、もとあった場所(旧・第六天町、現・小日向1丁目)から此方に移された第六天社、五穀豊穣の神様だそうです。
天鈿女命と猿田彦命って、「全決」的に言えば、雨野と芹田のことですね。
牛天神北野神社のサイトでの解説によれば、宇迦御魂命(うかのみたまのみこと、牛天神北野神社のサイト内での表記に準じてます)も祀られているそうです。
宇喜之局長も祀られてるのですか
牛天神北野神社の末社は他に、境内外(兼務社)にもあるそうですね。
社殿を正面に、社殿の向かって左側に境内社がありますね。
石垣は瓦を使ってますか、リズミカルですね。
御朱印
牛天神北野神社で御朱印の拝受には御朱印帳のご持参はマストの様です。
御朱印帳への手書きのみで、書き置きはないそうです。
初めて訪れた時には、御朱印帳を持って行かなかった為に頒布していただけませんでした。
えふゆ の手元にあるご朱印は通常のご朱印のみですが、
牛天神北野神社のご朱印は種類豊富で、本社・境内社・兼務社別、土日祝日限定、祭事限定等があるそうです。
コンプリートを目指すのであれば大変そうですね。
また、境内社と兼務社のご朱印は宮司さまの居られる時のみの頒布になるそうです。
詳しくは神社の公式サイトをご覧ください。
ここまでご覧下さいまして、ありがとうございます。
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あっぺんでっくす 幻の祠?
当記事作成の為に牛天神北野神社を訪れたのは2回目だったのですけど、
初めて此方の神社を訪れた時、偶然だったのですが、「稲荷山神社」の祠を目撃しました。
このことについては、また別の機会に。
最後までご覧くださいまして、ありがとうございます。
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