佐藤多佳子著 小説「いつの空にも星が出ていた」は、”推し”がある(いる)人生は素敵だな、
”推し”があるから人と、世界と繋がっている、一人じゃないと感じられる物語でした。
プロローグの様に短い最初の章を含めて全4章は全て異なる登場人物による短編です。
主人公たちは皆、自分の人生を生きながら、横浜DeNAベイスターズを愛してやまない人々ですね。
愛したきっかけも、愛し方も様々で物語の時代も様々です。
- 当ブログ管理人えふゆ は50代に入って初めてのプロ野球観戦をしました。野球のルールくらいは知ってますが詳しくないことを最初に申し上げておきます。野球に関して誤りを記している場合はご容赦下さい。
- 当記事の掲載写真は横浜スタジアムで2022年8月9日に撮影したものです。無断転載厳禁。
エピソード紹介
レフトスタンド
1984年、部活の顧問真田先生に誘われて神宮球場に初めてプロ野球観戦、ヤクルト・大洋ホエールズ戦を観戦した男子高校生。
普段からお互い口数が少ない顧問の先生と部員たち。
先生の以外な面を知り、野球観戦を楽しむきっかけになります。
パレード
1996~98年受験を控えた女子高校生の美咲は成り行きで再会した男の子 宏太と付き合い、それがきっかけになってベイスターズを熱烈に応援する様になります。
でも予備校での成績は思う様に上がらず...
ベイスターズが優勝する年とその前年に、今と将来を模索する女性の物語。
ストラックアウト
ベイスターズが最下位続きの2010年代初め、街の小さな家族経営の電気屋で仕事に勤しむ小南良太郎は顧客の邸宅で住み込みの留守番を任されます。そこへワケありの息子 保坂圭士が帰って来て、男二人の同居生活が始まる。
ミステリアスでサスペンスフル、”カリ城”の様なアクションもある男の友情話。
ダブルヘッダー
少年野球チームに所属する少年 津村光希はチームでコーチを務めてくれるコックの父が大好き。
親子は共にDeNAベイスターズの熱烈なファン。
ベイスターズがリーグ3位から日本シリーズ進出を決めた2017年、
それまで存在さえ知らなかったお父さんのお父さん(祖父)から光希宛に、福岡で開催予定の第6戦の観戦チケットと新幹線のチケットが送られてきます・・・。
四つの物語、それぞれに登場する主人公や人物たちはほかのエピソードには一切登場しません。
最初のエピソードはこの短編集全体をカバーするプロローグの様に感じます。
三つの物語一つ一つは少しジャンルの異なる印象を受けるのです。
美咲と宏太のお話は恋愛青春小説ですね。
良太郎と圭士のお話は、普通ならば出会う事など無いであろう男たちの友情話です。
ミステリアスでサスペンスフルで屋根伝っての”カリ城”アクションなんなもあったりします。
バディーもののプロローグ?
光希少年の物語はジュブナイルものですね。
共通するのは、主人公たちは自分の人生や日常を生きながら、愛するベイスターズを応援します。
いやぁもう、自身の一部と化しています。
試合結果で情緒が少々影響したり。
共通して書かれることはもう一つ、大洋ホエールズから続く横浜DeNAベイスターズのチームの歴史や関連する地名や人名(選手名)を知れることですね。
時代によって変化する面はあっても、様々な時代で同じ”推し”を応援しながら自身の人生を歩む普通のひとたちですが、
それぞれの物語にしか登場しない主人公たちが同じ場所、重なる時代に存在してる一体感を想像できてしまいそうです。
もしかしたらハマスタやその周辺ですれ違ったり、幾つか間隔の空いた同じ列の観客席に座って愛するベイスターズを応援していたりしてるのかもと想像もします。
この小説が映像化されたら”共演”シーンがありそうだなと思えます。
人生なんて好きになる対象が無くても生きて行ける、かも知れません。
推しと出会えてないとそう考えてしまうかもしれません。
でも、
自身の仕事や人間関係を真面目に生きていても、嬉しい事だけで無く、時に悲しいことも起こる。
直接接する事などないであろう”推し”から、勇気や前向きな気持ちを示唆された気分になることもあるのでは。
それがもしかしたら、自身の未来にも良い影響があるかもしれない。(そこまで意識はしてないでしょうね本人たちは)
だからこそ推し無しの日常はつまらないかもしれない。
まだ推しと出会えてないとか、趣味と人生を切り離して考えてる場合には理解出来ない思いなのでしょうか。
短編集なのに長編小説?
異なるエピソードの短編集でありながら、ひとつの長編小説の趣きも感じます。
先に述べたことですが、各編の主人公たちが同じ場所や重なる時代に存在してる様な一体感を感じます。
プロローグと感じる1編目の「レフトスタンド」の高校生の主人公は、初めてのプロ野球観戦がきっかけとなり、その後の人生ずっとベイスターズ戦を観戦するのです。初観戦の日のある思いを何となく心の片隅に止まらせながら。
その主人公だけが他編と違って名前が記されてないのです。
名前だけでなく高校卒業後どんな人生を送ったのか語ってないのです。
この名無しの主人公は、その後の三編の主人公たちのアバター的な位置付けなのかな?と思ってみたりします。
自身の日常とベイスターズへの熱い思いで日々を生きる主人公たちを暗示する存在。
それは同時にこの物語の読者を主人公化させる暗示でもあるのでは。
既に推しがある人ならばリアルに自身を重ねられるかも知れないのでしょうね。
まだ推しと出会えてなければ、未来の暗示でしょうか。
個人の小さな冒険が”推し”の軌跡と重なる
光希少年は自らの冒険がベイスターズの軌跡を追いかけてる様に重なります。
まだ会ったことも無い祖父、存在さえ知らされなかったおじいちゃんから日本シリーズの観戦チケットが送られてきたとき、光希は家族の心配や戸惑いを知りつつ、自身も少し迷いながらも、会いに行くことを決めます。
新幹線に乗っての一人旅は自分で決めたことだけど、新幹線が新横浜駅を離れていくほど、少しづつ不安が過ぎってきます。
おじいさんはどんな人なのかな、終点博多駅で見つけてくれることになってるけど、会ったことないのに見つけられるのかな・・・。
車窓にマツダスタジアムを見た時、リーグ3位から日本シリーズ進出を決めたベイスターズの軌跡が浮かびます。
一人旅の始まりは新横浜、新大阪、新神戸、広島を抜けて、福岡へ。
自分の旅がベイスターズのCSでの戦いの軌跡を追いかけるみたいに感じます。
少年個人の無邪気な情緒でしかないかもしれません。
でも自分の冒険と”推し”と重なることで不安の中にも高揚感が灯ったりしたのでしょうかね。
旅の終わりは人との繋がりの始まり?
2017年の日本シリーズはこの第6戦でソフトバンクが日本一なり決着します。
ベイスターズの優勝、日本一への冒険は次の年まで暫く休息となりますね。
光希少年の冒険の目的の一つ(というより最大の理由でしょうね)は、父方の祖父に会う事です。
光希はおじいさんと会う機会はこれを逃せば、二度ときっかけは訪れないと感じたのですね。
その気持ちは祖父の方にもあったのではないでしょうか。
でも第6戦が開催されるかどうかはシリーズの流れ次第ですから、チケットを送った祖父の方にも躊躇いを感じます。
ベイスターズの踏ん張りが冒険の御膳立てになって祖父と孫は対面できました。
祖父と孫はしばらく時間を共有することで、家族でありながら知らなかったことを知ることになります。
孫は祖父に、今度は今住んでいる川崎に来てと言います。
少年野球チームで自分が投げるゲームとベイスターズのゲームと”ダブルヘッダー”を観に来てと誘います。
祖父が来てくれるか分かりません、来たとしても祖父と父と今の家族の関係が上手く行くのかだって分かりません。
でも、途絶えた関係が繋がる可能性は生まれましたね。
1998年ベイスターズが優勝した直後、横浜の街をある種の幸福感に包まれて歩いた美咲は世界と繋がったような喜びを噛み締めます。
しばらく顔を合わせて無かった宏太と再び会うきっかけはここから始まってます。
良太郎は圭士と出会うことでこれまで躊躇っていたスタジアムでの観戦をまた始めます。
新しい出会いの予感を孕みつつ。
フィクションですから、そう構成されているのでしょうけど、ベイスターズが人と世界をささやかだけど幸福な繋がりを生むきっかけになったのですね。
現実にそんな人生を体験してる人いそうですね。
そしてこれはいうまでもなく、ベイスターズに限ったことではなくて、他の球団や他のスポーツ、スポーツ以外のジャンルでもあることでしょう。
誰でもが知る有名なものや人だけではない、かなりローカルな場合だってあるでしょうね。
推しがあるから不幸に繋がったなんて物語も存在してそうな気がしますけど、今はそうういうの読みたくないですね。
何かを気にして関心を持ってみたら、嬉しくなる繋がりに出会える、自分も”推し”に出会いたいですね。