八雲神社 岩淵町 東京 北区の神社巡り

写真:えふゆ 無断転載厳禁

東京都北区の神社を巡ってます。今回は、岩淵町

八雲神社

に行ってみました。

訪ねた日:2026年4月3日・5月7日

文・写真:えふゆ 無断転載厳禁

記事末に広告があります。

概要

写真:えふゆ 無断転載厳禁

所在地

所在地

〒115-0041 東京都北区岩淵町22−21

概要

写真:えふゆ 無断転載厳禁

荒川と新河岸川の河川近くに鎮座する、とても綺麗に整えられた雰囲気の良い神社です。

北区教育委員会設置の解説板や公式サイトによりますと、

江戸時代、徳川歴代将軍が日光東照宮に参詣の際に利用した日光御成道の第一の宿場として栄えた岩淵宿の鎮守社

創建年代は不詳。

江戸後期編纂の「新編武蔵風土記稿」には「牛頭天王社 宿ノ鎮守トス、正光寺持」と記されてるそうで、神仏分離以前は正光寺が別当寺で、1873年(明治6年)7月に村社に定られて以降、赤羽八幡神社の兼務社となっているそうです。

祭神は須佐之男命尊(建速須佐之男命)

牛頭天王とは、牛の頭を戴くインドがルーツの神仏習合の神さまで、八雲神社の御本社、京都・八坂神社の御祭神「牛頭天皇」。

平安時代以降に須佐之男命尊と同一神とされ厄除けの神様として崇敬されてます。

その他の須佐之男命尊のご利益に疫病退散、五穀豊穣、縁結び

境内は本殿、幣殿・拝殿、神楽殿、末社、末社水神社が配置されてます。

勝海舟が荒川の氾濫で足止めされた際に揮毫したとされる大幟旗を所蔵してる(現在は飛鳥山博物館に移管されてる)そうです。

詳しくは以下のサイトをご覧ください。

八雲神社の由緒、伝説、御祭儀、境内紹介・見所について知ることが出来ます。

赤羽八幡神社サイト内 八雲神社紹介ページ

岩淵八雲神社公式サイト

photograph 岩淵八雲神社

写真:えふゆ 無断転載厳禁

最寄り駅は、赤羽岩淵駅(東京メトロ南北線・埼玉高速鉄道 さいたまスタジアム線)から徒歩約6分

JR赤羽駅から徒歩約15分くらいですね。

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神社の前の道を通りすがったことは何度かあるのですけど、境内に入ってみたのは初めてです。

参道の景色

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境内への出入り口、最初の鳥居の真っ直ぐ突き当たりに社殿が鎮座されてます。

写真:えふゆ 無断転載厳禁

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左手に社務所。

女神さまのような禰宜の方が居られますが常駐ではないみたいです。

社務所の閉所日は禰宜職の方のInstagramアカウントで確認できます。

(八雲神社公式アカウントとは別のアカウントになります。)

写真:えふゆ 無断転載厳禁

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2026年4月の御朱印です。

デザインは月毎に替わるみたいです。

現在の禰宜の方が就任されから御朱印帳への直書きを始められたそうです。

(令和7年6月より御朱印直描きを開始)

社務所閉所日は書き置きが用意されてる様ですね。

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2026年5月の御朱印

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社殿手前の左側に手水舎

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なんか”京”っぽい

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手水舎の並びに”竹林”、

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その向かい側に、

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岩渕町 町名存続之碑

昭和37年5月「住居表示に関する法律」が公布された時、岩渕町の町名を守るための岩渕町1丁目住民による町名存続運動が展開されたそうです。

熱心な活動によって、岩渕町1丁目は「岩淵町」として町名が残ることになったそうです。

その記憶を刻んで1972年(昭和47年)に建てられた石碑だそうです。

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社殿

社殿の様子

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鳥居の側に立つ二対の狛犬・・・狛犬なのは口を閉じてる左側のこちらだけだそうです。

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口を開けている右側のこちらは獅子だそうです。

これまで”一対の”「狛犬」と思ってましたけど、本来は

『「狛犬」と「獅子」の一体ずつのペア』

なんですって・・・常識?、現代ではそうとは限らない感じですけど。

神社によって色々ですね・・・

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社殿正面、第一印象は「そこはかとなく赤い」

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関東大震災による倒壊後の地域の一大プロジェクトとして再建・落成から1世紀。

100年前の社殿

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隣は神楽殿でしょうか。

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拝殿と渡り廊下で繋がってるみたいです。

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仕切り・囲いがないので後ろ側の様子も見れますね。

後ろ側のルックスは”あっさり”気味ですね。

写真:えふゆ 無断転載厳禁

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社殿右側の末社。

五柱の神さまを祀る合祀殿ですね。

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それぞれの扉の上に社名の札が掛けられてます。

白山神社

第六天神社

御嶽神社

稲荷神社

市杵島神社

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こちらも神さまでしょうか、「地金神」と刻まれてますね。

勝海舟揮毫の大幟旗の逸話?

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社殿を背に参道の方を見てます。

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鳥居の並びに

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勝海舟揮毫の大幟旗修復記念石碑

勝海舟が荒川の氾濫によって、この地で足止めされた折、親切にもてなしてくれたこの地の人々への感謝から揮毫された大幟旗。

でも、この石碑にはこれとは別の由来を伝えてます。

1889年(明治22年)旧岩渕町の人たちが、氏神さま(八雲神社)に大幟の奉納を決め、勝海舟の自宅に押しかけて揮毫を依頼したところ一つ返事で請け負ってもらえたそうです。

その時に持参したお礼の鯉を見た勝海舟が「どこで獲れたコイ?」と訪ねるので荒川で獲れたものですと答えると、急に不機嫌になりその場を去ったそうなんです。

維新前に懇意にしていた東海道の岩渕と旧岩渕町(現東京都北区)を間違えたらしい、と云うエピソードが刻まれてるみたいです。

「諸説あり」と云う感じなんでしょうけど、石碑の内容の方がおそらく真実では、とのこと。

ちなみにこちらの碑文、実物はちょっと判読しにくくなってまして、上記のお話は公式サイトを参考にしてます。

幟旗の長さは約13メートル

経年による傷みが激しく、現在は飛鳥山博物館の温度管理された室内に移されているそうです。

水神宮

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もう一つ境内末社を見てみます。

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神楽殿の斜め向かいに水神宮があります。

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岩槻街道の新荒川大橋際に鎮座されていた祠を八雲神社境内へ移したそうです。

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古来より水害の多かったこの地域ですから、水難を免れるための祈りを捧げる対象は必須ですよね。

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石の祠ですね

此処までご覧くださいまして ありがとうございます。

あっぺんでっくす

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水神宮の側にもう一つ境内との出入り口があります。

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すぐそばを新河岸川が流れ、そのほとりに荒川赤羽桜堤緑地から続く桜並木。

写真:えふゆ 無断転載厳禁

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土手を上がれば旧岩淵水門(赤水門)と岩淵水門(青水門)。

図らずも桜の季節に今年も来てしまった。

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特撮ドラマのロケ地としても数々の作品で撮影された有名な場所。

2026年は仮面ライダーアギト25周年、カブト20周年

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昭和天皇が水門と通水路を視察された場所。

最後までご覧くださいまして ありがとうございます。

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