
東京都北区内に鎮座する神社を巡ってみようと思い立ちまして、
先ず赤羽北の諏訪神社(袋諏訪神社)
に来てみました。
以前にも何度か訪ねたことはあるのですけどね。
訪ねた日:2026年3月29日
文・写真:えふゆ 無断転載厳禁
記事末に広告があります。
神社概要
所在地
所在地
〒115-0052 東京都北区赤羽北3丁目1−2
由緒

境内の北区教育委員会の解説板や赤羽八幡神社サイト内の解説によりますと、
別当寺の真頂院(足立郡川口宿錫杖寺末寺)の寺伝によれば、
1396年(応永3年)真頂院 第一世 秀善和尚が信州諏訪大社より勧請したと云われます。
「新編武蔵風土記稿」によれば神社の末社、丸山権現がかつての袋村(この神社のある地は江戸時代には袋村と呼ばれていたそう。現在の赤羽北周辺)の鎮守で、後に諏訪神社と改められました。
かつては社殿の前後に袂杉(たもとすぎ)と呼ばれた御神木がありました。
真頂院の和尚が出身地の諏訪から両の袂に入れて持ち帰った杉苗を境内に植えたものでした。
二本のうち一本は早くに枯れ、残る1本は御神木として残りましたが、こちらも傷みが激しく1961年(昭和36年)8月に地上170cmのところで伐採され、その切り株は現在、本殿の裏手に移されています。
切り株の直径は133cm、現在は断面が腐らない様に覆いがされてます。
ご祭神は建御名方命 たけみなかたのみこと
御神徳は家内安全、健康長寿、交通安全など。
境内末社は
稲荷神社 二社 宇迦之御魂命 うかのみたまのみこと
八幡神社 品陀和氣命 ほんだわけのみこと(応神天皇)
須賀神社 須佐之男命 すさのおのみこと
白山神社 伊邪那岐命 いざなぎのみこと
猿太彦神社 猿田彦命 さるたひこのみこと
境外地(新河岸川沿い、浮間中央病院側)に水神社
神社の公式サイトはありませんが、兼務社の赤羽八幡神社の公式サイト内で紹介されてます。
ちなみに、赤羽八幡神社については当サイトにも記事があります。
photograph 赤羽北の諏訪神社

JR北赤羽駅の近くを通る環状8号線から赤羽並木通りの「宮の坂」と呼ばれる坂を登って行くと、坂を登り切らない微妙な辺りに諏訪神社は鎮座されてます。
北赤羽駅から徒歩約5分くらいでしょうか。
社殿



石段を登って右手に木製の由緒板が架かってます。

板の下半分はちょっと判読しづらいですが、内容は北区教育委員会設置の説明板のほぼ同じの様ですね。(そりゃそうだ)

その並びに神楽殿

鳥居左側に手水舎。

御神木でしょうか。

少々コンパクトサイズな?社殿ですか。




柵とお賽銭箱との距離がちょっと遠い。

お賽銭を投げ入れるのは神様に失礼、なんて言われますが、そうせざるを得ないですね。



境内末社

社殿右手側奥の様子。桜が咲いてる。


境内末社ですね。写真の一番手前の社は五柱の合祀殿ですね。

神社の名札が架けられてます。左から、
須賀神社、稲荷神社、大六天神社、稲荷神社、八幡神社


境内の様子

社殿の左側の様子です。

内務省により、昭和5年に国土の測量の為に設置された水準点だそうです。

元御神木、袂杉の切り株

社務所です。授与品や御朱印はこちらで。
社務所にご用の際は門柱のインターフォンを押して下さい、とのことです。

こちらが御朱印。月替わりなどのバリエーションは無いそうです。


参道が分断されてる?

手水舎からの景色。車道の向こうにも石段がありますね。

こちら諏訪神社に初めて来た時、最初気付かなかったのですけど、


道路で参道が分断されてる光景なんです。

諏訪神社前の通りを「赤羽並木通り」といいます。
この通りは北区の桜の名所としても有名な通りなのですけど、その通りによって参道が離れ離れになってしまってますね。
どういう事情でそうなったのかは定かではないそうですけど、大正時代初め頃にはもうこんな状態だったそうです。
ここまでご覧下さいまして ありがとうございます。
あっぺんでっくす

その並木通りを赤羽駅西口方面へ通じてる方へ歩いていきます。

記憶違いでなければ、何年か前に倒木の危険のある木が伐採されて、ちょっと「スカスカ」感あります。

赤羽緑道パークブリッジ
かつて軍用貨物列車の線路が敷設されていた場所に造られた細長い公園「赤羽緑道公園」の並木通りの上に架かる歩道橋ですね。

特撮ドラマの撮影スポットでもありますね。

赤羽八幡神社の方へ歩きます。

足元、鉄道の線路を模したデザインですか。

真っ直ぐ行った処に赤羽八幡神社、奥に見える高架はJR。

最後までご覧下さいまして ありがとうございます。
