

東京都北区西ヶ原の七社神社を訪ねてます。
今回は境内の摂社 天祖神社と末社の景色を見てます。
訪ねた日:2026年4月17日・5月11日
文・写真:えふゆ 無断転載厳禁
前回にの記事はこちらです。
七社神社について詳しくは、
七社神社公式サイト をご覧ください。
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photograph 七社神社の摂社・末社

摂社と末社の違いって?
今更なんですけど、
摂社、末社、と知った風に記してますけど、実際の違いは?、と聞かれても私えふゆ はわかりません。
摂社と末社の違いとは、神社本庁サイトの解説によれば、
摂社・末社とは神社の境内で、御祭神をお祀りする御本殿とは別の神さまが祀られている小さな神社のことですね。
(境内の小さな社を境内社、境内外の社を境外社)
摂社は御本殿の御祭神との関わりが深い神さま(妻や子供など)や由緒ある地主神などをお祀りしてる社。
そうしたことに該当しない神さまの社を末社というそうで、摂社の方が上位の様です。
神社本庁サイト以外の神社関係のサイトには、摂社・末社を合わせて、「摂末社」と言ったりするとか。
元来明確な差別化、階層化は無く、明治時代(近代ですね)になって一応の基準が設けられたそうですね。
天祖神社は境内の解説パネルには「摂社」、神社の二つ折りパンフには「末社」と記されてますけど、元々この場所を社地としてましたから、おそらく「摂社」でしょうね。

さて、七社神社の摂社、天祖神社ですけれども、境内設置の解説によりますと、
天祖神社 一本杉神明宮
元々この社地は一本杉神明宮として鎮座していた神社で、七社神社遷座後に摂社となったそうです。
御神木が樹齢1000年以上と云われる杉であったことから「一本杉神明宮」、
七社神社の摂社となってから「天祖神社」と呼ばれるようになったとか。
御神木の杉の木は枯木となったため明治44年(1911年)やむなく地上3、4mの辺りを残し伐採されたそうです。
御祭神
天照大御神 あまてらすおおみかみ
豊受大御神 とようけのおおみかみ
一本杉神明宮の御神木は現在も切り株として祠の背後に遺されてます。
摂社 天祖神社

七社神社参道から本殿へと続く途中の鳥居とは別のもう一つの鳥居があります。
そちらの鳥居の真正面に天祖神社の社が鎮座してますね。(左側は舞殿)

右手に「願掛 公孫樹(いちょう)」

写真左から、天祖神社、稲荷神社、三峯神社・菅原神社

天祖神社 一本杉神明宮


社額は比較的新しい感じですね。

社の背後に御神木
末社

他の末社も見てみましょう

三峯神社
御祭神 三峯大神
菅原神社
御祭神 菅原道真公

二柱の合祀殿ですね。
こちらも社額は古びてないですね。

その隣は、

稲荷神社
御祭神
宇迦之御魂神 うかのみたまのかみ


熊野神社
御祭神
紀州熊野の神

天祖神社の左側に鎮座してます。

ミニチュア感のある祠は石製ですね。

側面から

熊野神社の傍には、
疱瘡社
祭神
疱瘡神 ほうそうがみ
天然痘の神
病気平癒、疫病除けの御神徳
最後までご覧下さいまして ありがとうございます。
