

ビルに囲まれた小さな鎮守さま、東京都港区の高輪神社に行ってきました。
訪ねた日:2026年5月2日
文・写真:えふゆ 無断転載厳禁
記事末に広告があります。
概要

所在地
〒108-0074 東京都港区高輪2丁目14−18
JR品川駅から徒歩約7分・高輪ゲートウェイ駅から徒歩約3分
都営浅草線 泉岳寺駅から徒歩約3分
由緒

高輪神社の公式サイトは無い様ですね。
港区内のパワースポットを紹介しているサイト「とっとこスポット」高輪神社紹介ページと
東京都神社庁 高輪神社紹介ページ
によりますと、
いにしえの時代からこの地に佇む鎮守さま。
御創建は室町時代の中期 明応(1492年~1501年)年中で、始まりは稲荷神社でした。大火による焼失を経て1929年(昭和4年)に「高輪神社」に改称。
現在の社殿は1980年(昭和55年)に建てられました。
お稲荷さま、八幡さま、猿田彦様をお祀りしてます。
境内に聖徳太子をお祀りする高輪太子宮があります。
だそうです。
御祭神とご利益
御祭神
宇迦御魂神 うがのみたまのかみ お稲荷さま
誉田別命 ほだわけのみこと 応神天皇
猿田彦神 さるたひこのかみ
ご利益
商売繁盛、家内安全、学業成就、縁結び、交通安全、諸願成就、方災解除、開運招福
photograph 高輪神社

由緒あり、再開発も訪われてる街が高輪。
そんな街の鎮守さまですけど地元の方や神社好き、御朱印蒐集家の方を除けば、あまり知名度は高くないとか。一方で太子宮の石門のレリーフを観るために訪れる人は少なくはないとも。
訪れた日も休日で、目の前は賑々しいし高輪ゲートウェイシティがあるのですけど、境内は混雑なく落ち着いた雰囲気でした。
境内へ

個人的には今後も ほぼ訪れることのない高輪ゲートウェイ駅(2020年開業、山手線30番目の駅)と2025年街開きされた複合施設 高輪ゲートウェイシティ。
この日は此処に来る予定がありましたので近辺に神社はあるのかなぁ、と思って検索してみました。

そんな高輪ゲートウェイシティの西側すぐそばにありました。

石の鳥居ですね。

石段の下、この位置から社殿の屋根が見えてます。

小さな境内の様子

石段を上がった正面に社殿

来た方を振り返る。

社殿向かって右に社務所・授与所

向かって左に「太子宮」

写真左、皇太子殿下(現 上皇様)御降誕記念の碑
手前にとても小さな石橋が掛かってます。
石橋を挟んだ皇太子殿下御降誕記念の碑の隣の碑は、「御大典記念碑」「復興記念碑」

石段を登って右、社務所向かい側の植え込み。

石段を登って左、手水舎


時折人が訪れる感じなので、ゆったりと参拝できます。
おそらく祭事でもない限り。
社殿






太子宮

東京都神社庁 高輪神社「高輪太子宮 石門」紹介ページによりますと、
高輪太子宮はいにしえの時代に「太子堂」と呼ばれていたそうです。
江戸時代は聖徳太子を崇敬することが盛んで、各所で太子講が結成されていたそうです。
聖徳太子御自作と云われる、太子16歳の御尊像が明暦(1655~58年、江戸前期)年間にこちらに安置されているそうです。
ちなみに、
太子講とは、
聖徳太子を奉賛する宗教講、または太子を祀る職人の講
講とは、
仏事や神事を行うための結社


御神輿が二つ格納されてる様です。神輿殿でもあるのかな。


狛犬の台座の傍に力石かな。


こちらも狛犬の傍に力石(東京 港区の文化財です)


石門のレリーフ
石門は1827年(文政10年)7月に江戸石工組合によって寄進されたそうです。
彫刻を手掛けたのは名工 熊山と紅葉川住石田屋 知トと言う両人。
この彫刻を鑑賞するために訪ねる方が少なくないとか。
彫刻のモチーフは唐代の故事集「蒙求」の一節「周処三害」の虎退治と大蛇退治の場面だそうです。
乱暴・狼藉を働く若者 周処が、人々を困らせる 額の白い猛虎と大蛇を退治した後に自身も更生するそうです。
かくして、虎と大蛇と乱暴者の「三害」は滅びましたとさ、というお話なんだとか。
こちらは猛虎退治の様ですね。

恵比寿さまと大黒さま。にっこにこです。

こちらは大蛇退治

御朱印

御朱印を授かりたくて授与所前に戻って来ました。

どうやら書き置きのみの様です。
最後までご覧くださいましてありがとうございます。
