

東京都23区内で一番高い山の山頂に鎮座する、
東京都港区の愛宕神社と「出世の石段」を見てきました。
訪ねた日:2026年5月17日
文・写真:えふゆ 無断転載厳禁
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概要

東京在住なのに、個人的には行ったことない都内有名スポットの一つ。(いっぱいあるんです、基本出不精気味なので)
愛宕神社は午年の今年(2026年)、干支に関係する開運スポットの一つ、と有名な赤いマスクの占い師さんも言ってましたね。
所在地
所在地
〒105-0002 東京都港区愛宕1丁目5−3
由緒
愛宕神社公式サイト によります。
1603年(慶長8年)徳川家康の命により火伏(ひぶせ)の神様として祀られます。
慶長15年建立。
江戸大火災により全焼後、明治10年9月に社殿、社務所を再建
大正12年9月の関東大震災、昭和20年5月の大空襲により太郎坊神社を除き、社殿焼失。
昭和33年9月、氏子中の寄付により御本殿、幣殿、拝殿などを再建。
愛宕山面積6000坪のうち、境内地は1750坪
京都市右京区嵯峨にある愛宕神社が御本社だそうです。
古い歴史を持つこの本社愛宕神社も900メートルを越える標高の愛宕山山頂に鎮座して、日の神さまである、火産霊命(ほむすびのみこと)と伊邪那美命(いざなぎのみこと)を祀っているそうです。
御祭神とご利益
主祭神
火産霊命(ほむすびのみこと 火の神)
配祀神
罔象女命(みずはのめのみこと 水の神)
大山祇命(おおやまづみのみこと 山の神)
大和武尊(やまとたけるのみこと 武徳の神)
将軍地蔵尊・普賢大菩薩
境内末社
太郎坊神社 福寿稲荷社 弁財天社 恵比寿大黒舎
ご利益
防火・防災
商売繁盛
恋愛、結婚、縁結び
印刷、コンピュータ関係(何故か現・近代的)
愛宕山

標高25.7メートルは天然の山としては東京23区内一番の高さ。
高層ビルなど無い江戸時代、山頂からは東京湾や房総半島まで見渡せたと云われる、「見晴らし」の名所として賑わったそうです。
元は「桜田山」と呼ばれていたそうですが、家康が「愛宕神社」を建立されてから「愛宕山」と呼ばれる様になったとか。
photograph 「出世の石段」&愛宕神社
「出世の石段」の景色

此処から見てると、大鳥居の奥に黒く大きな壁?

急勾配、86段

私の撮る写真ではこの石段の凄さは伝わらないかな。

男坂(「出世の石段」のこと)の右脇に女坂

今回女坂の方は登り降りしませんでした。
見たところ結構な段数ありそうですね。(108段)



では登ります。

数段登ったとこらから狛犬を見る。


それなりに登った所からの写真を撮ってみましたけど、石段の上の方で立ち止まって振り返ることは、個人的にはお勧めしません。
ひたすら登っていた時は感じませんでしたけど、結構な勾配で、立ち止まって下の方を見た途端に足がすくみ気味になってしまいました。
段の幅は「爪先から踵までの長さ」くらいしかなさそう。

登りきりました。


登り切ると「一の鳥居」奥に「丹塗りの門」

社殿の景色


手水舎です。
訪ねた日は日曜日です、多くの参拝の人々で賑わってました。



社殿の前に「丹塗りの門」


並んでます。私の背後にも。


ゆったりと写真を撮ってる状況ではないので、急足でお参り。


社殿右手側。突き当たりに社務所・授与所

社務所・授与所へ行く前に、社殿左側の景色



社務所・授与所と御朱印

社務所・授与所の方へ行ってみます。

社殿と社務所・授与所を繋ぐ屋根付きの通路


社殿と社務所・授与所を繋ぐ屋根付きの通路、の奥に摂社が鎮座されてます。

社務所・授与所の外観

御朱印
摂・末社



太郎坊神社
御祭神 猿田彦神

福寿稲荷社
お稲荷さまといえば御祭神は、宇迦御魂神

大黒天社
御祭神 大國主命 事代主命
池のほとり

社務所の側に池。

公式サイトに「人懐っこい鯉」がいます、みたいなこと記されてましたけど、実際 上を向いて口を開けてる鯉を目撃。

あれ、え〜っとごめんなさい、何社でしょうか?
鳥居の色は金色です。

弁財天社
御祭神 市杵島姫命


高い台座の上に鎮座されてます。お賽銭箱には手を伸ばさないと届きにくい。
(写真は妻)


弁財天社の前から。
その他境内の景色

「出世の石段」を登り切った所にある「一の鳥居」


それにしても公園の様な雰囲気に整備された境内ですね。
実際、境内に設置されているベンチに座ると公園にいる様な気分になります。

女坂の出入り口かな。
(出入り口って言い方違う気もするけど)

境内には”茶屋”(カフェのことです)もあるのですね。

此処までご覧下さいまして ありがとうございます。
以下は あっぺんでっくす。
あっぺんでっくす
おそらく「知ってるよ」と思われる人も多いかも知れないと思ったのですが、とりあえず。
故事とか

出世の石段
86段の急傾斜の石段
馬によりこの石段を駆け上がり、3代将軍家光に梅の枝を献上した曲垣平九郎の故事に由来。
寛永11年の春、愛宕神社の麓を通る折、満開の梅を見とめた三代将軍家光は、
「誰ぞ、馬にてあの梅を取ってこい」と命じたそう。
徒歩での登り降りさえ覚束無い石段、踏み外せば落命の危険さえあり家臣たちは躊躇います。
そんな時、家光とっては見覚えのない男が、石段を果敢に馬で登って行き、山上の梅の枝を家光に献上します。
その男、四国丸亀藩家臣 曲垣平九郎は、家光より褒美とともに、「日本一の馬術名人」と称えられ、1日にして(!)全国にその名を轟かせたとか。
そんな故事になぞらえて、多くの人がこの石段を登り神社へお参りし、「出世の石段」と云われる様になったそう。
実際にこの故事にチャレンジして成功した例が明治、大正、昭和の時代に、1例ずつあったそうですね。

江戸城無血開城の会談の地
1868年3月、勝海舟と西郷隆盛が江戸開城の会談を行った場所でもある。
この会談の3日後に江戸総攻撃が予定されていて、予定日の前日先頭が回避されることに。
放送博物館&エレベータ

愛宕神社の公式サイトの境内案内図には、なぜか此方の施設も紹介されてます。

NHK放送博物館
1925年に日本で初めての放送局(ラジオ局)が置かれた場所が愛宕山。
その放送局発祥の地に1956年に開館したそうです。
ラジオ、テレビ、デジタル放送と、現在に至る放送の歴史を知ることができます。
入場は無料です。
個人的には結構楽しかったです。

そんなNHK放送博物館の駐車場脇に、愛宕山山頂と地上を行き来するエレベーター(愛宕山エレベーター)があるのですね。

エレベーターからの景色

エレベーターを降りた処に愛宕トンネル。
愛宕山をくり抜いた隧道

最後までご覧下さいまして ありがとうございます。
